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2度あることは3度ある

2度敗退している日光白根山。
過去2回は、GWの湿雪に苦しめられ山頂を踏むことが出来ず。
今回は大きな寒波の押し寄せる12月中旬(14-15日)、3回目のチャレンジはいかに。。。

寒波の影響で思ったより降雪があり雪が深い。。
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菅沼から弥陀が池を目指す。急なルートに息が上がる。
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弥陀が池の脇に張ったテント。強風と寒さが厳しい。
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とはいえ、そこは我ら牛歩隊、酒と暖かい食事で楽しい一夜。
忘年山行だしね。
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翌朝も強風は収まらず視界も悪いため、頂上アタックを諦め下山することに。
3度目も登頂ならず。
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樹林帯に入れば風の影響もなく、あとはひたすら登山口を目指す。
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降雪の中、菅沼まで下山。あと少しで一般道だ。
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お疲れさんでした!!!
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<参加隊員;壱号、入澤さん、お嬢、女ブラック、斎藤くん、後藤>
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締めくくり

今年度は自分で言うのもなんだけどよく頑張りました(自画自賛)
あと1週間、最後の土日も休みなく働けば、きっと最後の成果も良いものが得られるはず。

来期の布石もそれなりにうってあるから、4月に入ったら少しは休みを取ってリセット(頭の切り替え)したいが・・・

母親の容体が安定しているならば今シーズン最後の雪山にも登っておきたいし。

いい春になりますように。

厳冬期 赤岳

2012年末、中学からの友人が亡くなった。

ナベとは中学生の頃からの付き合いだったが、仕事・結婚などなど、更にはオレが千葉に引っ越したこともあり
いつしか連絡が取れなくなっていた。それがface bookを通じて連絡が取れ、2012年6月、21年ぶりに
二人にで飲みに行った。中学から千葉に越すまでの10年強、誰よりも一緒に過ごした親友だった。
21年ぶりの再会は、お互いが経てきた時の流れを忘れ、悪ガキだったあの頃の二人に戻って朝方まではしゃいだのだ。

そのナベがあっけなく死んでしまった。

12月31日、会社の後輩たちとのゴルフから帰ってきてすぐに山行の準備を始めた。
ナベの死後、仕事のトラブルや年末の忙しさに流されて彼の死とじっくりと向き合う時間がなかった。
冬休みに落ち着いた時間が取れそうだったのだが、家の温々とした中でテレビを見ながら酒を飲み
彼の死と向き合うのはオレらしくないと思い、それならばいっそのこと雪山にどっぷりと入って彼の死を悼もう
と考えた。

2013年1月1日、世の中は元日ムードで茅野駅前は閑散としている。
朝一番のバスに乗り込み美濃戸口へ。
同じバスに乗り込んだ登山者はオレを入れて6名、年越しを山で過ごそうと考える登山者は昨年末にすでに
入山しているのだろう。
美濃戸口からは雪が踏み固められた林道を美農戸へ向かって歩く。歩き始めに頭上に広がっていた青空は美農戸に
到着する頃にはどんよりとした曇り空になった。美農戸から山道となり南沢沿いのルートを進む。
身軽な小屋泊まりの登山者たちにどんどん追い越される。今日はテン場までの行程、急ぐ必要もない。久しぶりの厳冬期の雪山の雰囲気を楽しみながらトレースを辿る。いつしかどんよりとした空から雪が舞い落ちるようになり、テン場に着く前から本格的な降雪となった。

温度計を持ってこなかったのだが、冬型の気圧配置にふさわしい厳しい寒さだった。
早速テントの設営にかかるが、しばらく使っていなかった3人用テントのポールに不具合が。。。
ショックコードが所々伸び切った感じで固まっていて、弾力が全くない。ポールをジョイントしようとすると
その伸び切ったショックコードがダブついてジョイントできないのだ。ポールエンドを外して伸び切ったコードを切り取って長さを合わせようかと考えたが、工具もなくこの寒さの中、冷え切った体でそんな悠長なことをやっている余裕はない。迷いなくナイフを出し、ポールの中間地点でショックコードを切った。

テントに入り雪まみれのスパッツと登山靴を履いたままコンロに火をつけて暖をとる。
雪山用のジャケットの下で蒸れた体から朦々と湯気が立ち上がる。
暖かいつまみを持ってこなかったことを後悔するに十分な寒さで、なかなか体が温まらない。
しかもガス缶は3日の行動予定で3個。余裕は全くない。
燃料をセーブするために早めに夕食のレトルト中華丼を平らげて、17:00には寝袋に入った。

夜が長い。
尋常じゃない寒さで、ジャケット/オーバーパンツまですべて着込たままマイナス25℃対応のシェラフの中に入ったが寒さで寝付くことが出来ない。長い長い暗闇の中、聞こえるのは吹き荒ぶ風の音とテントに吹き付ける雪粒の音だけだ。ナベはここに来ているだろうか。
暗闇の中でナベに語り掛ける。
ナベは無念だっただろうか。21年ぶりに再会した彼は小さな会社を立ち上げていた。サラリーマンのオレから見れば立派な成功者だった。お互いにこれからが人生の醍醐味の歳だった。これから一緒に過ごす時間はきっと若かりし日々とは違った輝きと煌めきを放つはずだったのに。
ナベの死に顔は彼が誰にも向けるあの人懐っこさのままで、今にも「染みったれた顔してんじゃねーよ!」って笑いかけてきそうだった。
今、ナベの魂はどこにいるのだろうか。
闇に向かって語りかける。
いい人生だったか?

1月2日、4:00起床。
外はまだ深淵の闇の中、まずはテントから這い出して空を見上げる。
ヘッデンの光の筋に浮かぶのは風に舞う雪粒。期待していた星空を望むことは出来ず、気温はかなり低い。
今日は厳しい一日になりそうだ。
6:30、テン場を出発。
重苦しい空からは相変わらず雪が舞い落ちてくる。
赤岳山頂に向かうルートには昨日のものと思われるトレースが薄っすら見えるが、昨晩から降り続いた雪に覆われ
ていきなり膝下のラッセルになった。先行者はいない。樹林帯の中のラッセルに息が上がる。
しばらくラッセルにもがきながら進んでいると単独の登山者が追い付いてきた。先頭を変わってもらってしばし立ち休み。上がった息を整えて、先行者のトレースを追う。
樹林帯を抜け出した。文三郎尾根の末端に取り付いて急登に喘いでいると、若い二人組がぐんぐん追い上げてきてあっという間に追い越して行った。森林限界を越えると風は烈風という表現がぴったり当てはまるくらい強くなり、クラストした足元の雪にアイゼンの歯が気持ちよく刺さる。見上げるような鎖場の急登が続き、雪に半分埋まった鎖をピッケルで掘り起しながら登る。先ほどの単独行者が強風に躊躇っている横を追い越す。若い二人の姿は雪煙の中に消えてもうとっくに見えなくなっていた。
鎖場が連続する急登を登り切り、赤岳正面壁の下を横切るトラバースセクションに入る。
過去に雪崩事故が何回か発生してるエリアなので出来るだけ早くこのセクションを抜け出したいが、正面から吹き付ける烈風にペースが上がらない。不定期にやってくる突風には耐風姿勢で耐える。ピッケルを雪に深く突き刺しピックに全体重を預けて風が弱まるを待つ。
雪煙の向こうに文三郎尾根の終わりを告げる阿弥陀岳分岐の道標が薄っすらと見えてきた。雪崩の危険地帯は抜け出した。ここからは岩と凍った雪の急斜面との戦いだ。
岩場を3点確保で着実に登る。このセクションでは絶対にミスは許されない。厳冬の単独行、今ここでオレがこの山と格闘していることなど誰も知らないのだ。ここで滑落しても誰も見ていない。ミス=死に直結するのだ。
アイゼンの爪の刺さり具合、ピッケルを突き刺す場所、足の置き方、風の目の読み、全てのことに神経を集中して少しずつ標高を上げていく。
しばらくすると二人組が追い上げてきた。途中で単独行者を追い抜かなかったと聞くと、風があまりにも強いので引き返していったと。昨日入山する際に上空を飛んでいたヘリのことが頭を過る・・・下山してきた人とすれ違った際に聞いたところ、元日に稜線から滑落した登山者が運ばれたとのこと。昨日は晴天でコンディションは良く、絶好の登頂日和だったはずなのに・・・
後続の二人組に先を譲り、確実に岩場を攀じ登る。急なルンゼ状の鎖場を越えると権現岳との分岐に差し掛かる。
道標にはエビの尻尾がびっしりと張り付き、その役割を果たしていない。もっともこの時期にここに登ってくる人間は道標を見てルートを判断しないだろう。
権現岳との分岐を左に折れ赤岳の頂上へと続く岩場を攀じ登り始めるとすぐに先ほど先を譲った二人組が下りてきた。風が強すぎて危険なため頂上は諦めたとのこと。無理するなよとすれ違いざまに声を掛けられた。
今日何度もやってきた自問を繰り返す。
進むのか、引き返すのか。
何度も何度も心が折れそうになった。
だけど、今回登頂出来なかったら、ここで引き返したら、きっと後悔すると思った。
まだ気持ちは負けていない。

最後の鎖場を慎重に登り切ると、あとは緩やかな雪面が頂上へと続いている。
一歩一歩、頂上へと続く雪面にアイゼンの爪とピッケルを突き刺し進む。

誰もいない頂上。
目出帽とジャケットのフードに覆われた耳元で、風が轟々と唸りをあげている。
ナベ、見ていてくれただろうか。
強風に飛ばされないように手首をオーバーグローブのループに通してグローブを外し、インナーの胸ポケットからiphoneを取り出して電源を入れる。
6月に一緒に飲んだ時に撮った写真。
烈風が吹き荒ぶ山頂でグルッと360度回って見せる。
雪煙が舞い視界はほとんどない。
絶景は見せられなかったけど、諦めず登ってきたぞ。
天を見上げる。
ナベ、山のてっぺんは気持ちいいだろ?

さあ、下山しよう。
生きて帰るのだ。

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蛭ケ岳

何年か振りに「蛭ケ岳」へ。

朝6:20に出発し、テンバ場に到着したのは14:00を過ぎていた。
テントを張って休憩後、16:00を過ぎてから念願の「蛭ケ岳」へ。
沈む夕日を追いかけて歩き、夕暮れの富士山を眺め、テントに戻るときは夜景に
感嘆の声を上げながらヘッドランプの明かりを頼りに歩いた。
みんな頑張って歩き通したな~

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よく歩き、よく飲んだ、いい山行でした。

山へ

虫の音が大きくなり、秋らしい月夜。
山に行きたくなるんだよね~
なので丹沢へ、久しぶりに蛭ケ岳に登りたい。
神奈川県の最高所へ、いざ。
鬼ケ岩
テン場となる不動ノ峰から蛭ケ岳へ向かう途中の関門「鬼ケ岩」の鎖場。
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